筆者 :    ザックプーネン カテゴリー :   神を知る 弟子
WFTW Body: 

 私たちの信仰が揺るぎないものとなるためには、神に関する三つの事実、すなわち神の完全な愛、絶対的な力、そして完全な知恵の上にしっかりと根ざしていなければなりません。もし私たちが神の愛を確信しているなら、同時に神の主権的な力についても確信していなければなりません。

 だからこそイエスは、祈りの冒頭で神を「天におられる私たちの父よ」と呼びかけるように教えられました。「私たちの父」は神の完全な愛を、「天におられる」は、神が地上で起こるすべてのことを絶対的な主権をもって支配される全能の神であることを思い起こさせます。神であるゆえに、神は完全な知恵もお持ちであり、その知恵に従って私たちの歩みを完全に導いてくださいます。

 「神、その道は完全。(神の知恵は完全である)…私の道を完全にされる。(私の状況を完全に整えてくださる)」(詩篇18:30-32)

 もし神が愛、力、知恵において完全でなかったなら、私たちの信仰には拠り所となる十分な基盤がありません。しかし、神はこれら三つすべてにおいて完全であるゆえに、私たちは決して揺るがされることはありません。

  信仰とは、神の完全な愛、絶対的な力、そして完全な知恵に確固たる確信をもって、人間の人格を完全に神に預けるということです。

 私たちは皆、神の知恵が完全であることを知っています。神の道は、天が地よりも高いように、私たちの道よりもはるかに高いのです。

「​​わたしの思いは、あなたがたの思いと異なり、わたしの道は、あなたがたの道と異なるからだ。―主の御告げ―天が地よりも高いように、わたしの道は、あなたがたの道よりも高く、わたしの思いは、あなたがたの思いよりも高い。」(イザヤ書55:8-9)。

 だからこそ、私たちは神の働き方や、神が私たちの物事をどのように導かれるのかを理解できないことがよくあります。子供が父親のすべてのやり方を理解できないのと同じように、私たちが神のすべてのやり方を理解できないのも不思議ではありません。しかし、私たちが霊的に成長し、神の性質にますますあずかるようになるにつれて、神の道をもっともっと理解できるようになります。

 多くの信仰者が依然として、すべての人々と状況に対する神の完全な主権に疑念を抱いています。彼らは口先ではそれを認めるかもしれませんが、日常生活の状況において実際にその働きを信じていません。しかし、聖書には神がご自身の民のために主権的に働きかけられた事例が数多く記されており、しかも多くの場合、思いもよらない方法でした。

 私たちは皆、神がご自身の民のために働かれた明らかに奇跡的な方法、例えばイスラエル人がエジプトから解放されたことなどをよく知っています。しかし、私たちはしばしば、サタンが神の民を攻撃した際に、神がサタンを打ち負かしたという、より大きな奇跡の事例を見落とします。

 ヨセフの物語は典型的な例です。神はヤコブの11番目の息子であるヨセフのために計画を立てておられ、彼が30歳になるまでにエジプトで第二の支配者となるように定めておられました。

 ヨセフは神を畏れる少年だったので、サタンに憎まれていました。そこでサタンは、ヨセフの兄たちを唆して彼の命を奪おうとしましたが、神はそれをお許しになりませんでした。彼らはヨセフをイシュマエル人の商人たちに売り渡すことに成功しました。しかし、その商人たちはヨセフをどこへ連れて行ったでしょうか。もちろんエジプトです。これは神の計画の成就の第一段階です。

 エジプトで、ヨセフはポティファルに買われました。これも神によって定められたことでした。ポティファルの妻は邪悪な女でした。ヨセフに心を奪われた彼女は、何度も彼を誘惑しようとしました。ついに彼女は成功しないと悟ると、ヨセフを偽って告発し、牢獄に閉じ込めさせました。しかし、ヨセフは牢獄で誰と出会いましたか。パロの献酌官長です。神は、ヨセフが彼と出会えるように、パロの献酌官長も同時に牢獄に入れられるように手配しておられたのです。これが神のご計画の第二段階でした。

 神のご計画の第三段階は、パロの献酌官長がヨセフのことを二年間忘れるようにすることでした。「​​ところが献酌官長はヨセフのことを思い出さず、彼のことを忘れてしまった。…​​それから二年の後、パロは夢を見た。…​​そのとき、献酌官長がパロに告げて言った。」(創世記40:23、創世記41:1-9)

それは、神の計画によれば、ヨセフが牢獄から解放される時でした。

 詩篇105:19-20には、

「彼のことばがそのとおりになる時まで、主のことばは彼をためした。王は人をやってヨセフを解放し、国々の民の支配者が、彼を自由にした。」とあります。

 ヨセフは30歳になっていました。神の時が来たのです。そこで神はパロに夢を与え、また、神は献酌官長にも、ヨセフが夢の解読者であることを思い出させました。こうしてヨセフはパロの前に出され、エジプトで第二の権力者となりました。ヨセフの人生における出来事に対する神のタイミングは、これ以上ないほど完璧でした。

 私たちは、神がなさったような方法で物事を計画するなど決して思いつかなかったでしょう。もし私たちがヨセフの人生を計画する力を持っていたとしたら、おそらく彼に危害を加える人々を止めていたに違いありません。しかし、神の方法はより優れていました。人々が私たちに加える悪が、神の目的を成就するために用いられる時、それははるかに大きな奇跡です!神はサタンの企みを覆すことを大いに喜び、すべてのことが神に選ばれた人々の益となるように働かせてくださいます。

 これらの出来事を私たちの状況に当てはめてみましょう。

邪悪な人、妬む兄弟、私たちを偽って告発する女性、助けてくれると約束しながら忘れてしまう友人、あるいは不当に投獄されることなどに対して、私たちはどのような態度をとるべきでしょうか。私たちは、神が、これらの人々や彼らの行い(意図的であろうと偶然であろうと)を、私たちの人生における神の目的を成就するために用いられる主権者であるということを信じているでしょうか。もし神がヨセフのためにそうしてくださったのなら、私たちのためにもそうしてくださるのではないでしょうか。神は確かにそうすることができ、そうしてくださるでしょう。

 しかし、ヨセフの人生に対する神のご計画を台無しにすることができた人物が一人だけいました。それはヨセフ自身です。もし彼がポティファルの妻の誘惑に負けていたら、彼は間違いなく神に見放されていたでしょう。

 宇宙の中で、あなたの人生に対する神のご計画を台無しにすることができる人物はただ一人だけです。それはあなた自身です。他の誰もできません。あなたの友人でも敵でもありません。天使でもサタンでもありません。あなただけです。このことを理解すれば、私たちは多くの恐れや、私たちに危害を加える人々に対する間違った態度から解放されるでしょう。